ふ・た・り・の・り 解説 メソポタミアブギの巻

「ふ・た・り・の・り」の一曲目メソポタミアブギは、今回一番聞かせたい曲であり、歌と演奏とも一番気に入っている曲です!小野君のリコーダーで一気に決まった!という感じです。民謡調なのに何とも無国籍、そして私のような運動会の鼓笛隊世代としてリコーダーは、どんな楽器よりもノスタルジックに響きます。

思い起こせば40年前、高校生の時、青島(チンタオ)というバンドでやっていたオリジナルで、元々ははロックンロールナンバーです。当時は随分と皆に受けました!IBCラジオでもよくかけてもらいましたし、解散コンサートでは親衛隊の暴走族のみんなが大合唱してくれたのは、いい思い出です!

当時はおふざけ半分だったのですが、40年の時を超えてリメイクして改めて聞いてみると、この曲は、スケールがデカ過ぎてクラクラします(笑)

さんさ太鼓を入れて演奏するためにこのようなリズムにしたのですが、独特のグルーブが生まれてしまいました!十代の頃の、遥か遠い所への憧れとロックンロール!そして還暦を前にさんさビートへの回帰、あこすちくな、じゃいごたれ楽団としての小野牧夫氏のリコーダーが、偶然の一致として、爆発芸術しました!

ふ・た・り・の・り 収録曲 レッツダンス!私的解説

1stアルバム「あ・こ・す・ち・く」に入っていたレッツダンス!の、スタジオライブバージョン!小野君のボーカルがこれが最高!80年代の盛岡のロックシーンにいた二人ですから、ビッグヘッズは共通の素材として、リラックスしながらもロックの初期衝動が蘇る、ストレートにいい演奏ができたと思います!

演歌とドアーズの融合というテーマで、最初にキタロー氏が作って来て私が手を加えたビッグヘッズの曲ですが、東京時代にも受けは良かったので、これからも手を変え品を変え、演って行きたいです!

2020年6月じゃいごたれ楽団初のカバーアルバムをリリースします!

去年に続き今年も、1~2月の冬の間は録音しておりました。ただ1stの「あ・こ・す・ち・く」が思った以上の出来wだったったので、超えられないと思い、一発的なスタジオライブ風に録音しました。かねてから構想のあった、岩手県ゆかりのカバー&プラスワンという形にしました。

どの曲もまさに、じゃいごたれ楽団の味と意味を持って演奏できたと自負しておりますが、取り扱いにはご注意ください。聴き方としては、どっかの知らないヘンピな国の民族音楽を聴くような気持で聴いてもらえれば、楽しいかなと思っています!

ご希望の方には差し上げますが、しばらくはライブもできそうもないので、ご住所を教えていただけば郵送いたします。HPのお問合せから申し込みください。今月中にはリリースする予定ですので今しばらくお待ち下さい!

尊敬する飛行船の遠野物語をさんさビートでカバーしました!

今年は残念ながら、8月の盛岡さんさ踊りは中止のようです。じゃいごたれ楽団としましては、今年の活動の予定としてさんさ太鼓との共演を予定しておりました。早くとも秋口になるのかもしれませんが、なんとか仕切り直してさんさ太鼓とコロナ明けを祝いたいと思っております。

遠野物語~白い日記をボストンバックにつめてきたところや、好きだと口づけたすすきの野辺のあたりで、あの時代の青春が蘇ります!また駅までの道を青いリンゴかじったところで、本当に酸っぱくて唾液がでてきます!令和の今の若い人にはわからない情景とは思いますが、流れるようなメロディーにのせて、いい気持にさせてくれる名曲です!

ああ今の時代!のびのびとリンゴかじりながら駅まで歩きたいな!

ワールドミュージックとしてのニューサイケデリックピンクをカバーしました!

小学生の時初めて聴いたNSPデビューシングル「さようなら」は青春の憬れと暗さが、生々しく迫ってきて刺激が強すぎました。中学生の頃はIBCトップ40で「線香花火」「赤い糸の伝説」などいつも1位で聴いていました。いわゆる叙情的でフォーク的で、文化祭で歌ってそのままプロになったような身近さを感じていました。ただ今思うと、初期ピンクフロイドなどの暗さとも通ずるし、曲そのものがまるで催眠術のような妙なパワーがあり、単に素朴な青春ソングではない感じがします。 

NSPは、まさにワン&オンリーの、岩手一関高専ワールドミュージックです。ですからカバーもワールドをすっかりカバーするか、全く別なワールドで歌うかになってしまい、こうなってしまいました!これこそ世界に響く岩手のワールドミュージックです!

世界が百万人の県だったら~岩手県人の歌を歌うしかない!

世界が100人の村だったらじゃないけど、最近はこのような考え方で音楽をしています。ネット社会ですから、発信は広くできますが、実際ライブ活動は地元限定になりますし、曲作りや演奏もより深く岩手らしさを意識して行きたいからです。千昌夫さんも新沼謙治さんも「田舎者」を売りにしてたのは、そのニーズが全国にあったからです。ですからそれを今、堂々と地元で歌い継いでいければと思います!

新沼謙治さんは、当時アイドルの登竜門と言われた「スター誕生」出身で、朴訥でほのぼのした田舎者のイケメンとして「嫁に来ないか」でデビューしました。同じ頃の求婚ソングとしてはよしだたくろうの「結婚しようよ」があり、これは当時の最先端の若者の風俗だったのに対し、「嫁に来ないか」は田舎の左官屋とか農家の倅の、ウブでほほえましい、ちょっと前時代的なラブソングという感じでした。今こそ、名曲としてみんなで歌い継ぐ歌と思います!

プロとして岩手を背負って何十年も歌っている新沼謙治さんは、岩手(世界)のビッグスターです!

北国の春!カバーしました!

コロナウィルスで日本中、世界中が大変になっていますが、盛岡もそろそろ春到来です!

去年の冬は1stCD「あ・こ・す・ち・く」を重ね録音しておりましたが今年は、せーの!のノリを出して、スタジオライブ風にに録音しています。4月頃にはカバーCDとオリジナルCDを出す予定です!

アマチュアバンド活動としては、好きなジャンルの音楽を出来るだけ上手に演奏して、皆に褒めてもらいたいところなのですが無理(笑)ですので、私としては別次元の、死にぞこないのアーティストとしての、自分に対する最後の「おとしまえ」みたいなもんです。

それはみんなが繋がる事、世界が繋がること、ジャンルを超えて自分の中の過去の全てが繋がることです。若い頃一瞬、ロックと愛と平和と自由とお祭りを信じた事を、別な次元で表現したいんです。

意味不明かとは思いますが、北国の春を私は、オーティス・レディングのつもりで歌っています!(「ソウルミュージック」や「カントリーロード」や「さんさ」と「北国の春」は私の中では繋がっているんです。(昔、清志郎が「R&Bだぜ」「オーティスだぜ」と言ってた時、ピンと来なかったけど今なら分かる)そして全ての音楽は、混じり合って出来て繋がって来たんだと思います。おこがましいですが、モーツァルトのトルコ行進曲(笑)。チャックベリーのジョニーBグッド然り。セルジオ・メンデスなんかも。

跨ぐ、繋がる、超える、新しい面白さ、新しいストーリーを、自分なりに演っていくしかないです。それが演奏ヘタウマが限界のミュージシャンの宿命であり限界です。今回は岩手にゆかりのある歌をカバーしました!

盛岡町屋館浜藤ホール 盛岡弁塾で勉強して参りました!

2月2日(日)浜藤ホールで開催された盛岡弁塾に行ってきました。盛岡弁の川柳や小話、クイズなど盛りだくさんの内容で楽しませて貰いました。なかでも川柳は、なぜか盛岡弁だとほっこりと笑えるので、これはいいモノだと思いました。俳句などもイケルと思います。いろんなテーマをきめて、即効で詠む盛岡弁歌会などやれば盛り上がりそうです。

私の父はコテコテの盛岡弁でしたが、私は東京生活が長く(笑)細かい単語は随分忘れてしまっています。それでもあの、リズムやイントネーション、ノリは染みついてます。生粋の盛岡弁を喋れる人も高齢化してきていますので、これからどんどん使って、知らない盛岡弁も覚えて、残していきたいもんです。

最後は敬愛する田口友善さんのLIVEでしたが、さすがですね。南部藩とアメリカ南部を引っかけて、オースザンナから、コットンフィールド、プラウドメアリー、ホンキートンクウィメンなど、全部盛岡弁で歌っていました!脱帽!こういうのがまた田口さんらしいなと、楽しんで参りました。私も盛岡弁の歌を歌っていこうと思った次第です。

よしだかずをKAZUWOバンドは楽しませてくれました!

ちょっと過ぎましたが今年1月15日(水)新春頌春ショーに行って参りました。IBCの川島アナも加わって、演奏プラスαのトークや仕掛けありのLIVEでした。約2時間、全く飽きさせない構成力とパフォーマンスは、大したもんです!

よしだかずをのLIVEは本当に久しぶりだったのですが、彼の持ち味である憂歌団やサウス・トゥ・サウスの曲を盛り込みながら、いろんなオリジナルどの曲もソウルフルなかずをワールドでした!

そしてなによりもバンドメンバー個性派揃い凄腕ぞろいで、みんな楽しんで一体となったチームワークが、一人一人から伝わって来ました。地に足の着いた着実なバンド活動の鑑です。

デビッドヨハンセンのアニマルズメドレーが凄いです!

私のフェイバリットのデビッド・ヨハンセン、ニューヨークドールズのボーカルです。70年代のオリジナルパンクの一人です。それが解散後のソロで、なんとアニマルズメドレーをやっていたのは驚きました。パティ・スミスがヴァン・モリソンのグローリアをカバーしてたのに相まって、私の中ではフェイバリットのエリック・バードン、ヴァン・モリソンがパンクに直結してテンションが上がりました。(80年代、後追いでしたが)

いま改めて聴くと、ストレートにある意味バードンより上手いし、ミック・ジャガーの亜流のように見られてたけど、歌が完璧に上手い。つまりカッコイイ!

1989年、ストーンズを観にアメリカに行きました。 ジョニーサンダースの大ファンの友達と二人で、 ニューヨークの友達のアパートに世話になって。彼はデビッド・ヨハンセンをあまり好きじゃなかったようでしたが、ニューヨークのボトムラインでたまたま演っていたヨハンセンのライブを二人で観に行きました。バスター・ポインデクスターのころです。蝶ネクタイ姿で最高の笑顔で現れたヨハンセンは、私にウインクしてくれました!史上最高の夜でした!

のちに彼は、カントリーブルースのアルバムも出していますが、それもまた素晴らしいです!